休部 関越フェニックス

代表者
青柳 政輝
チーム名の由来
最初は新潟出身地のみ結成、新潟県の「県の鳥」は朱鷺を絶滅危惧種ならないように願いを込めてフェニックス(不死鳥)に決まりました。
そのあと、新潟出身地のみを取りやめて”野球親睦会”に変更いたしました。
チームの方針・価値観
勝ち負けより、参加した人に楽しんでもらうことが一番大事。上手い下手関係なく全員出場機会を与える。
エラー、暴投、空振り三振、ミスも気にしない。幅広い年代の選手がいるが、上下関係はそこまで厳しくない。
主な活動地域
不定
過去の戦績

春季大会
優勝3回(第6回(平成3年)/第8回(平成5年)/第9回(平成6年))
◎準優勝3回(第7回(平成4年)/第10回(平成7年)/第29回(平成26年))

全日本ろう社会人軟式野球全国大会
◎準優勝2回(第17回(平成5年)/第24回(平成12年))

秋季大会
優勝5回(第7回(平成4年)/第8回(平成5年)/第9回(平成6年)/第11回(平成8年)/第12回(平成9年))

全日本ろう社会人軟式野球選手権大会
◎準優勝1回(第21回(平成8年))

コメント

関越フェニックス(旧 新潟フェニックス)」は、創部30周年を迎えました。
最初は1990年に「新潟フェニックス」を結成し、そこからスタートして2015年まで25年間、強豪として知名度の
高いチームでした。そのあと、高齢化社会によりチームの存続に危機感を覚え、チームの革命をおこないました。
チームの名称を「関越フェニックス」に改名し、2016年から新たなスタートを切りました。現在は古豪チームとして知られていますが、勝敗よりも先ずは野球を楽しむことを大切にしています。

1990年の創部より2020年まで30年間(平成22年は休部)、全神奈川ろう社会人軟式野球大会での優勝を
はじめとして数多くの好成績を残し、県代表として出場した全日本ろう社会人軟式野球全国大会及び選手権大会では、最高で準優勝まで勝ち進んだという懐かしい思い出があります。

関越フェニックス 1990年(平成2年)チーム結成時写真
関越フェニックス 創立2年目 春季大会優勝
関越フェニックス 第17回全国大会 準優勝
関越フェニックス 第21回全国大会 準優勝
関越フェニックス 第24回全国大会 準優勝
関越フェニックス